神山監督や冲方丁氏、研究者や教授陣が「攻殻機動隊」の実現可能性を語る。攻殻シンポジウム「テーマ2:電脳」前編

2016/06/30 07:00

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2016年2月11日(木)に開催された「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT the AWARD the AWARD」。本記事では、同イベントのなかでレポートの要望が多かった「攻殻シンポジウム」について書き起こしを掲載します。

 

登壇者は、『攻殻機動隊S.A.C(STAND ALONE COMPLX)』シリーズ監督・脚本を担当した映画監督の神山健治氏、「攻殻機動隊ARISE」シリーズ構成・脚本を担当した小説家の冲方丁氏、国立研究開発法人情報通信研究機構の井上大介室長、産業技術組合研究所の梶田秀司氏、東京大学教授の稲見昌彦先生、筑波大学教授の岩田洋夫先生、神戸大学教授の塚本昌彦先生、九州大学名誉教授の村上和彰先生、はこだて未来大学教授の松原仁先生。モデレーターは、A.T.カーニー日本法人会長の梅澤高明氏。

 

神山監督や冲方丁氏、研究者や教授陣が「攻殻機動隊」の実現可能性を語る。攻殻シンポジウム「テーマ1:義体・ロボット」
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攻殻シンポジウムの最初のテーマは「電脳」。

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梅澤:テーマその2は「電脳」です。映像お願いします。

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神山:これは、電脳空間内にあるチャットルームで、自分たちをアバターに置き換えてコミュニケーションをしているシーンです。攻殻機動隊をつくったときは、電脳をどういう風にとらえようかといったときに、「頭の中に携帯電話だったり、今でいうスマホが埋め込まれたような状態なんだよ」というふうな言い方で、なるべくわかりやすく電脳ということを伝えようと思っていたわけですけれども。

 

当時はまだまだほんとに携帯電話ぐらいのスペックで考えていて、あくまでも通信手段の道具プラスせいぜい外部記憶装置としてのコンピューターにアクセスできる装置ぐらいの考え方だったわけです。データを自分の脳に直接取り込めるようになってくる部分は、あえて物語の中では考えなかったんですよね。

 

だから、教育機関がどうなってるかとか、学習が果たして電脳化したときにどうなるかは、あえて物語の中では書かないできました。

 

ただ、この10年か15年の間で、そういうことができるんだと。そうなってくるともう、教育そのものも変わってくるとか、人間の学習能力が、進化そのものが大きく変わるんじゃないかと。電脳がそういうものになってきたのかな、というふうに感じてます。

 

梅澤:冲方さん、ARISEシリーズではどこに注目しましたか。

 

冲方:今現在の常識を最大限活用して、電脳空間を書いていこうと。ほとんど説明してないんです。これは、コミュニケーション能力以上に、社会全体にもアクセスできるシステムであるということ。

 

たとえば、この社会は交通渋滞が起こってないという設定なんですけれども、交通道路網にハッキングをしかけて改変してしまって、交通にも悪しき干渉ができるようにしているとか。なるべくソーシャルな方向に通信っていうものを向けたつくり方をARISEはしてますね。

 

梅澤:塚本さん、電脳化を早くしたいっていう方だと思うんですけど、どうですか。どんな形で電脳化していきたいでしょうか。

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塚本:社会がなかなかついていきにくいところがあると思うんで、ゆっくり進んだほうがいいと思うんですけども。やっぱり人工知能の今後の急速な発展とか、その他の要素が発展していくことを考えると、人間自体もいろんな形で早く強化しないと、我々のコントロール下にないものが増えていくんじゃないか。という意味で、我々は急がなければならないと感じています。

 

ただ、世の中そんなにすぐに動いていかないものが多いです。街のインフラとか、10年20年50年100年と経ってしまいますし。それからさっきおっしゃった教育も、20年30年前から今の教育が悪いんじゃないかみたいなことで、テストして暗記してっていうのは変えていかないといけないと言いながらいまだに変わっていないことを考えると、なかなか変えにくいこともあるのかなという印象です。

 

梅澤:社会が進化していき、いろんなAIが進化していくので、逆に人間の能力強化が必要で、そのために電脳化をやりたいなと。

 

塚本:ぜひみんなヘッドマウントディスプレイをつけましょう。「世の中のステージを1歩ずつ進めていくためにも、ここから1歩踏み出しましょう」ということを申し上げたいです。

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神山:あるものを使わないっていうのはできないですよね。僕らのころは、試験中に電卓は使っちゃいけなかったですけど、今電卓はいいんじゃないのとか。そうなってくると、デバイスをつけたまま試験を受けて、検索能力そのものももしかしたら学習能力というふうになるかもしれないですよね。

 

冲方:一部で検索検定みたいなのがあると聞きますけれど。ああいうのもそのうち学校の授業で、検索の時間とか。

 

神山:どういうワードを打ち込むかとか、そういうことも含めてもしかしたら教育になるのかもしれないですね。

 

梅澤:データ量がこれだけ飛躍的に伸び続けているので、実は検索のスキルってかなり重要。

 

冲方:そのデータをまるごとどこにストックするかってことですよね。自分の頭の中に入ってるのが当たり前だったんでしょうけど、誰かが知っていればいいになってますよね。

 

梅澤:外部記憶装置をもう我々はすでに得てしまったってことですね。そうすると、今日大学の先生方がたくさんいらっしゃるんですが、教育も大きく変わるよねって、さっき神山さんからもあったんですけど。ここについて、みなさんそれぞれご意見あると思うんですけど、松原先生、いかがでしょう。

 

松原:おっしゃるとおりで、漢字の書き取りなんか今さらしてもしょうがないし、計算問題もしてもしょうがない。何を問うのかってなると、塚本さんがおっしゃったように、教育制度、入試制度みたいなのはなかなか変わっていかないんですけど、そろそろ本気で変えないと。

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要するに、AIがとって代わる仕事っていうのが、今の入試とか教育でやってることなんですよね。だからあれはAIのほうが得意なので、そうじゃないことを我々は伸ばさないと、同じ土俵で勝負しててもだめだっていう意識は非常に強くあります。

 

梅澤:東大ロボが通るようなものはもう全部任せようと、そういうことですかね。

 

松原:東大ロボは一種皮肉っていうか、あれがうまくいけば、要するに東大入試なんか必要がないんだよっていうことを言うためにはAIが通らないといけないので、そういうことですね。

 

梅澤:人工知能の、さっきの松原さんのお話で、気まぐれ人工知能で作家を目指したりとか、それから、ARISEシリーズの中では政府の事務処理をどんどんAI化をしていくみたいな話がありました。

 

その創造性って話が、教育という意味でいうと最後に人間に残る極めて重要なポイントだろうと。でもそこもAIが侵食しようとしていると。これはもう、やっぱりいくっていうのが、シンギュラリティを実現するっていうのが松原さんのお立場ってことですよね。

 

松原:そうですね。まだ時期はかかると思いますけど、いくと思ってます。

 

梅澤:異論のある先生いらっしゃいますか?

 

村上:異論ではなくて、シンギュラリティ、先ほどの松原先生のお話でいくと、コンピュータとコンピュータが教え合う、強化学習というのがあります。これ、コンピュータと人間が教え合うことによって、人間の能力そのものも、従来の成長曲線とは違うカーブをどこかで描きはじめる。人間にとってのシンギュラリティというのは起こりえる可能性はあるんじゃないかなと思ってます。

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梅澤:そのときに村上さんの考え方だと、人間は何をやってる存在になるんですか?

 

村上:ふたつあると思うんですよね。ひとつは、我々はこれまで問題を解く能力を鍛えられていた。問題解くためにはいろいろ知識を知らないといけないし、解法を知らなくちゃいけない。

 

でも、これからは、問題を設定する側。要するに、問題はもうAIが解いてくれる。じゃあ問題はどう設定するんですかというほうが人間にとってやるべきこと。AIが問題設定できるようになってきたらまた考えなきゃいけませんけども。

 

ふたつめは、先ほどの検索にしてもAIにしても、ブラックボックス化しない。要は、つくれなくてもいいけども、中で何をやってるのかというのがわかる。そういう意味で、ディープランニングは何が行われてるか説明つかないという意味でまだこわい。

 

でも、我々使う側としては、その中でどんなことが行われてるかということがわかった上で使う。要するにブラックボックス化しないというような点が教育としては重要かなと。

 

梅澤:ディープラーニングでたどり着いた結論をあとでトレースバックして、人間にわかるように説明できるところまでやろうと。

 

村上:学習じゃなく分析かもしれませんけれども。なんでこのDNNはこんなふうなネットワークになったんですかということを、また別のマシンで説明できればいいと思いますね。

 

梅澤:そのへんを逆に次の作品にしていこうと思うとなかなかチャレンジですね。

 

神山:でも、そういったことも考えていまして。このあとのテーマでも出てくる部分だと思うんですが、情報セキュリティにおいては、人間の役目が重要であることをお伺いしたことがあります。

 

最近、小説をAIが書いてちょっとおもしろくてオチまであったと。ああいうことが起きてくると、いよいよ僕たちも必要なくなるのかなという。僕らはもしかしたらフェーダーだけいじって、感情の曲線を、ちょっとここら辺でおもしろくするとか、このへん泣けるとかっていうフェーダーだけいじっていれば映画ができる時代がもしかしたらきちゃうのかな、みたいな危機感を感じつつ。

 

でも、じゃあほんと人間そのものの価値が、マトリックスって映画の中で電気を発電するための装置としてだけ人間が生きているっていうような世界になってしまうのはちょっと嫌だなと思いますので。

 

そこにどうやったら人間が抗うかとか。抗うのではなくて、存在意義を見つけていくのが、次にこういう作品をつくっていくときのひとつのテーマになるんじゃないかなみたいなことは、最近敏感に考えながら見るようにはなってます。

テーマ2後編へつづく