2016年2月11日(木)に開催された「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT the AWARD the AWARD」。本記事では、そのなかでも「攻殻ユニバーシティ」についてレポートする。
Dr.攻殻による特別講義「攻殻講義・私たちの研究と攻殻機動隊」
『義体(ロボット、ハードウェア)』、『電脳(人工知能、ネットワーク、ソフトウェア)』、『都市(交通、エネルギー)ほか』各分野で活躍され、今回大会をご審査いただいた先生方が、このイベントのために『自らの研究テーマと攻殻機動隊』として特別な講義をおこなった。
これまでの各専門分野における研究の歴史や、そこで実現されているテクノロジー、その研究成果などを知ることで、より一層「攻殻機動隊」という作品の奥深さを楽しめるだけでなく、いまの世界も楽しむことが出来るかもしれない。
講演をされた教授たちは、テーマは違えどもそれぞれの「未来」を見ていた。2029年の攻殻機動隊と、教授たちが創造しつつある現代の延長線上にある未来と、どういった共通点があるのか。キーワードの1つは、「シンギュラリティ(技術的特異点)」だ。
>>攻殻ユニバーシティ 講演スケジュール
講演① 神戸大学教授 塚本 昌彦 「攻殻機動隊×ウェアラブル」
講演② 九州大学名誉教授 村上 和彰 「ソーシャルシステムの進むべき方向性」
講演③ 東京大学教授 稲見 昌彦 「フィクションとテクノロジーの相互作用」
講演④ 筑波大学教授 岩田 洋夫 「体性感覚メディア技術」
講演⑤ はこだて未来大学教授 松原 仁 「人工知能と攻殻機動隊」
講義概要はこちら> /award/university/
■講演① 神戸大学教授 塚本 昌彦「攻殻機動隊×ウェアラブル」
神戸大学 塚本教授からは、「攻殻×ウェアラブル」をテーマとした講義がおこなわれた。
まずは「ウェアラブルコンピューティング」を「コンピュータを装着して利用すること」と定義し、「モバイルの進化形、バーチャルに対峙」するものとした。そして、攻殻機動隊のなかでもその技術は当たり前のように取り入れられているという事例を紹介。「攻殻機動隊 S.A.C.」では、ウェアラブルの先の「インプラント」技術も多く見られた。
それでは、こうした未来にどのような段階を経て進むのだろうか。人類のウェアラブル導入を含めて「予言」という形でいくつもの未来を提示した。
2年後にはスマートベルトやスマートシューズ、5年後には義体化、10年後には人間の電脳化が始まる。そして、25年後、人類は永遠の生命を手に入れる(マインドアップロードが可能になる)・・・といった形だ。そして、30年後にシンギュラリティ(特異点)が発生。攻殻機動隊の未来をキャッチアップしつつ、その更に先を見据えていた。
講義の後半ではその「シンギュラリティ」について論じられた。昨今「人工知能の脅威」、「ロボットの脅威」などが懸念されているが、塚本教授による定義では「シンギュラリティ」は「人工知能が人類の知能をはるかに追い越す日」ではなく「科学技術の発展曲線が特異点となる日」であり、超越するのは人工知能ではなく人類自身(超知能)という可能性もあるのではないかと述べられた。
そして最後は「ウェアラブルがそのシンギュラリティのきっかけになると思っているので、みなさん是非はやく装着して生活してみてください。ビッグバンは、ウェアラブルから。」という言葉で締めくくられた。
■講演② 九州大学名誉教授 村上 和彰 「ソーシャルシステムの進むべき方向性」
村上教授からは、福岡を題材とした「スマートシティ」についての講義がおこなわれた。2029年を舞台とした「攻殻機動隊」における日本の首都は福岡にある。昨年は実際に西日本新聞と攻殻機動隊がコラボレーションし、未来の福岡のイメージを露出した。しかし、福岡はすでに日本でもっともスマートシティ化が進んでいる都市の1つなのだ。
今回の村上教授のテーマは、「データ×社会」だ。まず、そのデータについて紹介する前に「都市OS」という考え方について解説された。
都市というプラットフォーム(OS)のうえに、「社会に必要なサービスを提供するシステム」という各種アプリケーション(ソフト)が載っている。我々はそれを意識するしないにかかわらず使用しており、そこには膨大なデータがやりとりされているのだ。
このデータを有効活用していくことが、これからのスマートシティに求められている。
都市上での活動、たとえば「交通情報」「エネルギー使用量」などのデータを大量に集め、そこから最適化された手段や情報を提供したり、シミュレーションしたりと活用できる。さらに、従来は個別のシステムだったものが、共通のインフラシステム「都市OS」を利用することにより、エネルギーの管理、交通の最適化など、スマートな社会が実現可能になるのだ。
ただ、まだまだ課題も多い。攻殻機動隊で描かれているように2029年に福岡が首都となっても十分に機能できるよう、理想的な都市をリアライズしていきたいと語った。また、福岡市では研究のための140以上のオープンデータを公開しているほか、今年から「BODECO」という実証実験のプロジェクトも開始しており、メンバーも募集中とのこと。
福岡市オープンデータ
http://www.open-governmentdata.org/
BODECO
http://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/joho/shisei/BDODkatsuyou.html
■講演③ 東京大学教授 稲見 昌彦 「フィクションとテクノロジーの相互作用」
稲見教授からは、人間の身体の拡張とその未来像について語られた。
「超人スポーツ」や「未来の運動会」に取り組んでいる稲見教授は、2020年の東京オリンピックに向けて「日本ならでは」のオリンピックの楽しみ方を提供できるのではないかと現在模索している。塚本教授の講義内容とも連動するように、「超人化技術によってシンギュラリティが起こる可能性」も稲見教授のビジョンのなかに含まれていた。
実際に、義足の選手が生身の人間を超える記録を大会で出しており、パラリンピックの記録がオリンピックの記録を超えるようなことも今後想定されている。つまり、攻殻機動隊のように、一部を機械にした体や、完全義体のような人間が、生身の人間の性能を超える時代が近付いてきていると言える。
自在化技術(身体情報学)とは、「やりたいこと」を拡張する技術。この反対に、「自動」は「やりたくないこと」の代理である。たとえば、未来の車は「自動」運転車と「自在」運転車という方向がある。自動運転の未来は確実にくるだろうが、それはタクシー的な利用で、そうではない「自在」な車もあり続けるはず。その事例の一つとして以下のような「ふだんは見えない部分が見えるようになる(視覚を拡張する)車」などが紹介された。
このほか、人間の身体拡張における歴史と、その技術がマンガ、アニメ、映画にも取り入れられている数多くの事例も合わせて解説され、聴講者の関心を引いた。ただし、来るべきポスト身体社会(身体の分離、融合、ネットワーク化)に向けて、攻殻機動隊が描いている未来をディストピアにしないように、生きがいのある社会を築いていく必要がある。
講義の最後に、「人間は「ものを作る生き物」と定義されてきたが、最近はチンパンジーでも道具を使ったりものを作るような研究結果が出てきている。攻殻機動隊の義体を例にすると、人間は「自分自身の身体をデザイン(再構成)できる生き物」と定義しなおす必要があるのではないか」とまとめた。
■講演④ 筑波大学教授 岩田 洋夫 「体性感覚メディア技術」
岩田教授からは、「バーチャルリアリティ」の研究についてのこれまでと、最新の事例が紹介された。
「バーチャルリアリティ」とは、「物理的には存在しないものを、感覚的には本物と同等の本質を感じさせる技術」であるとし、「バーチャルは仮想では無い」「物理的存在の有無の違いであり、本質は等しい」と説いた。
「バーチャルは「仮想」ではない、「現実」である」と語る岩田教授
頭部搭載ディスプレイとしてのバーチャルリアリティの歴史をいくつか紹介いただいたあと、最新の「体性感覚メディア技術」=「バーチャルな世界に触れること可能にする技術」についての講義に入った。
「見る技術」「聴く技術」というのは実現してきているが、「触る技術」はなかなかまだ実現しているものは少ない。そこでの「体性感覚」をどう提示するか。そこで着目したのが、人間が外界と相互作用する部位、つまり「手」や「足」である。そこに外力を与えることで、自分がそこにいるかのように「錯覚」を与えることができるのではないか。それを与えられる装置を「ハプティックインタフェース」という。
特に「歩く」という行動はとても重要。研究者の間では「足」を見直そうという動きも出てきている。
ハプティックインタフェースの普及
歩行感覚を与える装置「ロコモーションインタフェース」
そのほか、筑波大学 消化器外科との共同研究による「肝臓手術シミュレーター」なども紹介。10年後には深刻な外科医不足になるという状況の中で、短期間に外科医を育成するための訓練シミュレーターが今後必要になってきている。そこで医学生のために「肝臓を掴んだ感覚を提示できる」機械の研究が進んでいる。
また、バーチャルリアリティの工学的な研究成果として「メディアビークル」も紹介。
タチコマの工学的意義として、「実世界とバーチャル世界を同時に移動できること」をあげ、乗り物とバーチャルリアリティ端末を合体させた類稀なるメディアビークルであると解説した。ちなみに、メカ設計的な観点でタチコマを実現するのに大変なのは重量バランスで、普通にやると後ろに重心がかかって倒れてしまうとのこと。
最後に、今後の展開として、体性感覚メディア技術を活かす3つの応用分野を「医療・福祉」「芸術」そして「スポーツ」と位置付け、「いまはまだ言えないこともあるが、まさにそれぞれ研究成果が出てきているので楽しみにしてください」と期待をあおった。
■講演⑤ はこだて未来大学教授 松原 仁 「人工知能と攻殻機動隊」
松原教授からは「人工知能」をテーマに、攻殻ユニバーシティ最後の講義がおこなわれた。
「人工知能は最近何度目かのブームを迎えている」と語る松原氏。人工知能学会の会長も務めている。
いま、囲碁のプロに迫るところまで人工知能の波が来ている。2016年1月にGoogleの囲碁AIプログラムにプロが負けてしまった。次は3月にトッププロに挑戦する。ここでAIが勝ってしまうとその分野の研究が終わってしまうかもしれないので、業界的にはまだ人間に勝ってほしいと思っていたりする部分もある(会場笑
同様にFacebookも人工知能を研究しており、資金力(いかに高性能なコンピュータを使えるか)がモノを言っている部分がある。
これまでも何度かAIブームが来ている。人工知能学会は1986年設立で、ちょうど30年経った。このあとバブルが弾け、AIブームも一度落ち着いた。その後、より現実的な形で復活していく。そしていま3回目の復活。
いまは「機械学習」、特に「深層学習(ディープラーニング)」という手法がうまく行って、各社が鎬を削り始めている。チェスや将棋では人間よりAIが強くなってしまった。以前は人間から学んでいたが、人間を超えた時は、コンピュータ同士で戦ってレベルアップをするようになっている(=強化学習)。
創造性は人間だけのものという主張があるが、コンピュータ将棋がまったく新しい「将棋の手」を生み出した。プロ棋士もその「人工知能が生み出した新しい手」を採用したこともあり、そういう点で言えば「コンピュータも創造性を持てる」と言えるのかもしれない。つまり、将棋ではすでにシンギュラリティが来ているとも言える。ちょうどいまプロを追い抜きそうな過渡期なので、いま我々は貴重な時期を生きているのかもしれない。
ただ、そもそもルールが固まっているものでコンピュータが勝つのは歴史的な必然。また、人間対コンピュータではなく、人間同士の異種格闘技。体力的なところで負けるのは仕方ないが、知性の部分で負けるのが、人間的に納得しにくいところかもしれない。
人間の知性は「汎用性があるもの」である。攻殻機動隊の作品の中で言えば、タチコマは汎用性があるAIだが、現実世界ではまだ汎用性のあるAIは実現出来ていない。まだ人工知能としてクリアしなければいけない課題がいくつもある。
しかし、松原教授は「機械は人間になれるか?」という問いに対して、「機械は意識を持てる」「ゴーストがあるかないか、という話で言えば、将来AIはなんらかの意識(ゴースト)を持てるのではないかと考えている」という言葉で、講義を締めくくった。この最後の一言で、来場者はとても興奮したのではないだろうか。
■講義が終わって……
5人の講義がすべて終わったあと会場には大きな拍手が起こり、攻殻機動隊のファンとして、またはひとりの学生として、来場者それぞれが講義を受講して満足した様子が伺えた。
そしてこのあと、「タチコマ リアライズプロジェクト」の発表、「攻殻シンポジウム」の開催、「the AWRAD」の表彰式へと続く。