ウェアラブルデバイスに付随する「錬度」とは?塚本昌彦が語る2029年への視座(後編)

2015/10/09 11:14

攻殻機動隊 REALIZE PROJECT 塚本昌彦
「ウェアラブルのえらいひと」こと神戸大学大学院工学研究科教授の塚本昌彦(つかもと まさひこ)先生は14年間ウェアラブルデバイスをほぼ1日中装着して生活している。そんな2029年の生活を先取りしているとも言える塚本先生にインタビューを実施。前編では、塚本先生がウェアラブルに興味を持ったきっかけ、2029年に向けて体内に機器を埋め込むインプラントがどのように実現されていくかというお話を伺った。後編では、14年間のウェアラブル生活で得た発見と、加速度的に進化するテクノロジー対して人類が持つべき視座について砂流恵介が訪ねた。

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ウェアラブルの経験値がまだ足りていない

 

砂流:
2001年から現在に至るまで14年間もウェアラブルデバイスを装着した生活を続けてこられたのはなぜですか?

 

塚本:
私は研究者なので、はじめは気軽に付けてたんです。新しいものだし、「第一号は自分!」みたいな感じで。ただ、ウェアラブルを付けて生活していると、毎日のように発見があるんですよ。それが面白くて。ウェアラブルを使っているから便利に生活できているわけではなくて、基本的にはとても不便に使っています。使って初めてわかる不便というものがたくさんあるんですよ。それを一つ一つ潰していかないといけないですね。

最近ではクラウドファンディング上で続々と新しいウェアラブルデバイスが登場している。塚本先生は14年間ウェアラブル生活を続けた経験値から、それらのデバイスにもの申したいことがあるようだ。

塚本:
ウェアラブルを「作る」ということに関しても、「使う」ということに関しても、みんなWebで見聞きしたりちょっと使っただけで理解したつもりになっているようですが、私に言わせてみれば全然わかってません。例えば、ジョギングでHMDを使うというのもやってみないとわからないことがたくさんあります。走りながら画面がちゃんと見えるかどうか。1時間走ってどうなるか。1時間までは走ってて平気でも、1分後に接触部分の目や鼻が急に痛くなったりすることがあります。その後はとても耐えられず、走れなる。あるいは、走ってたら汗をかきますが、腐食対策が不十分なデバイスがあったりします。ディスプレイの位置も、いい位置を見つけるのには長期間の使用経験が必要である。そういうのは実際に使ってみないとわからないんですよね。

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ウェアラブルを使いこなすには練度も必要

 

塚本:
Apple Watchのインタフェースは評判悪いですけど、私は結構評価しているんですよ。なぜかというと、使い慣れるとサクサク使えるじゃないですか。最初に使うのは確かにわかりにくいけど、ウォッチっていうのは毎日使い続けるものですよね。Apple Watchだけでなくウェアラブルっていうのはずっと使うものですから「使い慣れたときに、使いやすい」ということがすごく大事です。安直に文句を言っている人たちは長期間頑張って使ったときにこれが使いやすいインタフェースだということに気づいていないんだと思います。ウェアラブルは使う側の問題がすごく大きいから、ユーザーの経験も加味して考えないといけません。伝統ある「料理」の世界でも包丁の使い方一つに奥深さがあることは知識としてみんな持ってるじゃないですか。ウェアラブルデバイスも同じですよ。

 

砂流:
ウェアラブルの世界にも「練度」があるということですね。草薙素子でも義体を使いこなすのにも訓練が必要でしたから。

 

塚本:
義手の指を動かすというのもそうですよね。義足も最初は走るのが難しいけど、訓練して使いこなしたらすごい早くなる。ウェアラブルには使う側の訓練が必要ですよ。それに、使う側が使い慣れるまでに時間がかかるんです。作る側も実際に使ってみて経験して、その結果を見て作り直すというサイクルを回さないといけない。だから新しいデバイスを作るときは、徐々に立ち上げて、ユーザー側が使いこなす術を身につけるまで待つべきですね。

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なぜウェアラブルを研究するのか

 

砂流:
人間の顎の力が昔と比べて弱くなっているなど、テクノロジーが人間の生身の力を退化させるという現象もありますが、先生ご自身そういった現象はありますか?

 

塚本:
私はウェアラブルデバイスについてはとっても不便に使っているので、生身の能力が落ちるということはないですよ。産業革命以降のテクノロジーの進歩によって人間の身体能力が下がってきたということに関しては残念な気もしますが、テクノロジーの力で人間が命を懸けることなく食糧が安定的に生産できたりして、トータルで良くなる方向に使われればいいと思いますけどね。ただ、私がテクノロジーで人類の許容範囲を越えていていると思うのは、インターネットやゲームという架空の巨大空間が人々を飲み込んでいるということです。人々が実世界に出なくなって、その結果、鬱やメタボ、引きこもりになっている。この点の身体能力の低下については心から反対ですね。根拠を明確に述べるのは難しいのですが、人類は身体と精神と実空間を失ってはいけないと直観的に思うんです。私がウェアラブルを研究しているのも、ウェアラブルがあくまで実世界を快適にするものだからなんですよ。

 

塚本:
テクノロジーの進歩そのものをテクノロジーが支えているということがあります。人類の科学技術の進歩の歴史を見てみると、人類は自分たちが生み出したもので加速度的進化していますよね。人間が考える能力には限界がある。だからこそ、科学技術を発展させていくために、人工知能やコンピューターを使うことでより加速度的に科学が発展することになると思うんです。そうなった時に、人工知能がもっと発展して人類を追い越すという話が最近大きな話題になっており、人工知能への投資や研究推進が急に注目されています。それに対し私はこのような形で人工知能の研究開発を加速するのは危ないと思っています。そうではなくて、人工知能を人類の支配下におけるメカニズムを作ることへ投資をしなくてはいけない。それがウェアラブルであって、サイボーグなんです。

 

ウェアラブルデバイスは一時的に使いやすだけのものをつくるのでなく、ユーザーの学習と錬度までを計算して設計するべきで、ユーザーに対してもある程度の訓練を求めるべきである。そして、そのウェアラブルデバイスとは、人間が人間らしくあるために使われるべきであり、加速度的に進化するテクノロジーを人類の支配下に置くためにあるべき形の一つである。14年間もウェアラブルデバイスを付けてつけているからこそわかる塚本先生ならではの視座だ。

 

(文章/石塚たけろう)

 

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